漢方薬店 緒(いとぐち)
緒形 富雄(おがた とみお)さん
どのような事業をされているのですか?
薬剤師として、漢方薬店を経営しています。事業内容としては漢方薬の相談販売です。基本的にはご予約の上でご来店いただき、気になっている症状や改善したい体質などについてのご相談をじっくりお聞きした上で、その方に適した漢方薬をお選びしています。一度ご購入いただいて終わりではなく、服用中やその後も、LINEやメール等でのアフターフォローとして、体調変化や健康相談に応じています。
いつから起業を意識されましたか? どのような準備をしましたか?
私は学生時代、現代医学とは異なるアプローチで、今も人々の健康に貢献する漢方医学に興味を持ち、大学院修士まで進学して漢方を学びました。その延長で、当時は起業とまでは意識していませんでしたが、「いつか自分で店を持ってみたい」とは、薄っすら思っていました。
とはいえ、卒業してすぐに開業する度胸はありませんでした。加えて、実社会での医療についてもしっかり経験したいと考えていたので、研修制度の整った大手調剤薬局に就職しました。こちらの会社では、新卒からかれこれ10年以上お世話になり、現場をはじめ、運営や学術など、多くの仕事の経験をさせていただきました。そのため、独立してからも、仕事で直接必要とされるスキルについてはあまり心配していませんでした。
その上で私が起業するために行った大きな準備は、事業計画書の作成と人脈作りでした。
事業計画書については、自分のやりたいことの可視化であり、事業の設計図と教わり、実際にこれを書き遂げることをまずは目標にしました。
人脈については、もちろんコネで商売をなんとかしようという発想ではなく、恐らくはどんな仕事も、お互いの助け合いで成り立つことを会社員時代に学んだからです。ところが当時の私には、独立する上で、土地での人との繋がりはほぼ皆無でした。そこでまずは行政の創業支援施設から入り、i-office、商工会議所と少しずつ人との縁を繋げていきました。
起業のきっかけはなんですか?なぜ起業したのですか?
先ほどはさらっと流して書いたのですが、実は会社を退職し、起業の一番のきっかけとなったのは、自身がうつ病を患ったからでした。
病気になった経緯は割愛させていただきますが、丸2年ほど休職し、このうち1年半くらいは療養に専念し、先のことは何も考えないようにしていました。その後、幸いにも、私は比較的順調に元気を取り戻していき、そしてそこから将来のことを考える必要が出てきた時に、「残りの人生、このまま会社員を続けていくのか」ということに大きく悩みました。なんて書くとそれらしいですが、見栄も外聞もなく言ってしまえば、メンタルが平静を取り戻すにつれて「サラリーマンはもう無理」という思いが強くなってきただけの話でもありました。つまり、考えるべきは単純に、安定した立場と収入を投げうって、自分の実力を中心としてお金を稼いでいく覚悟があるか、という話でした。しかし、この段階で、躊躇いはしているものの、決断はすでになされていたように思います。そんな折に、学生の頃の恩師や先輩に背中を押してもらう機会があり、私は覚悟を決めて、すっぱりと会社を辞めました。
そうして初志に立ち戻り、漢方に軸足を置き、さらに実社会で得た医療経験も十二分に生かして、訪れてくださった方々の心身の不調に解決の緒(いとぐち)をもたらす。それと、自分と同じようにうつ病になる人を少しでも減らす。という二本柱を掲げて、私は独立を決めました。
あなたの事業の強み、アピールポイントは何でしょうか?
漢方医学と近代医学双方の良いとこどりをした治療を提供できるところです。漢方医学は、科学のない時代に、病気とその自覚症状に対して、様々な自然の薬や鍼灸等を用いた治療経験の蓄積を体系化したものです。医学体系自体が自覚症状を中心に組み立てられているので、今でいう科学的な原因がわからなくても、漢方の治療法則に従うことで、問題なくどのような症状にも対応できるのが良いところです。欠点は、治療側・患者側ともに、主観を頼りにしているという部分で、効くときは効くものの、外れることもあり、治療の結果がバラツキやすいです。この治療精度を向上することが、漢方家の修練のしどころです。
科学をバックグラウンドとするいわゆる近代医学は、原因を部分(内臓や細胞)に求め、この原因に対して治療を行います(切除したり投薬したり)。そのため、原因があきらかで、かつその治療法が確立されている治療については非常に切れ味よく効果が得られ、しかも客観性・再現性にも優れます。逆に弱い点として、確かに症状がありつつも原因がよくわからないという状況には、対応が鈍ることがあります。
というように、漢方と近代医学それぞれの長所・短所を俯瞰すると、これらは補い合うような関係にあることがわかります。このような強みを生かし、当店ではお客様のお悩みとご要望にそって、納得のいく治療を提供します。
起業して感じることは?
特に強く感じたことは3つあります。
一つ目は、良くも悪くも全て自分の責任になることです。自分以外のミスのフォローをする必要はなく、自分のミスのフォローをしてくれる人もいません。
二つ目は、これは今のところよかったことしかないですが、絶対にできなかった、あるいはやらなかったであろうことをできて、しかもそれが仕事になることです。例えば、本業の傍ら、薬剤師時代の知識と、自分がうつ病になった経験を生かして、セミナーや執筆活動もしています。恐らく、会社員として、会社の看板を多少なりとも背負っている状態では、これは難しかったように思います。
最後の三つ目は、これもやはり今のところよかったことしかないですが、会社員を続けていたら絶対に出会えなかった、あるいは出会わなかった人に出会えたことです。創業の手助けをしてくださった方々、創業して出会った方々、チャンスや繋がりをくださった方々、パートナーとして一緒に仕事をしてくださる方々など、たくさんの人に出会えました。
現状はまだ大きな失敗や不運に見舞われていないため、のんきに構えているということもありますが、総じて会社員の頃よりも世界が広がっていくのを感じます。
起業を志す方へのアドバイス
本気で「起業するぞ!」とお考えの方は、現実的な一歩として、まずは完璧ではなくとも、事業計画書を最初から最後まで書き上げ、さらにそれを誰かに読んでもらうことをお勧めします。公的な施設や商工会議所など、事業計画書を読んでアドバイスをくれる場所は、探せばたくさんあります。
私の話もほんの一例で、志もスキルもきっかけも、起業に至る道筋は人それぞれです。しかし、それらの道筋を可視化し、事業に合理性と一貫性を持たせ、覚悟を決めるためのものが、事業計画書かと思います。
アドバイザーからの一言漢方医学と現代医学の双方に精通する緒形さん。さらに、ご自身がうつ病を経験したことも、お客様への説得力を高める一助となっています。緒形さんが言うように、「頭の中を可視化した事業計画書」は、まさに“コトづくり”の設計図。それを開店前にじっくりと作成したことで、スムーズな起ち上げを実現できました。漢方の重要な教えに「心身一如(しんしんいちにょ)」という言葉があるそうです。これは「心と身体は切り離せない」という意味。漢方薬店を営む上で、常に胸に留めておきたいと語っています。 株式会社マネジメントブレーン代表取締役 社長 姫野 裕基 |